機械彫刻用標準書体をデジタルフォント化しています。現在ベータ版を公開しており、正式版となるまでには年単位の制作期間を要します。

機械彫刻用標準書体とは

機械彫刻用標準書体は、工業的な彫刻によって文字を作製するときの標準として、日本産業規格(JIS/旧日本工業規格)に定められた書体です。工業彫刻における技術的制約から、独特な機能美を持っています。

彫刻文字の例1彫刻文字の例1 機械彫刻文字の例1:アクリル板の表面への彫刻。(マウスオンで接写を表示。)
彫刻文字の例2彫刻文字の例2 機械彫刻文字の例2:透明アクリル板の裏面への彫刻。(マウスオンで断面接写を表示。)

機械彫刻文字は、彫刻機でアクリル板や金属板などを彫り込むことで作製されます。彫刻機では回転する刃によって軌跡を描くように彫刻するため、文字は全ての字画が一定の線幅をもち、その先端は半円形になります。一般の書体では、画数の少ない字は太く、画数の多い字は細くすることで、視覚的に均一に見えるようになっていますが、機械彫刻文字ではそれができません。上のページタイトルでも、片仮名が漢字に比べて細く見えると思います。

彫刻可能な形と不可能な形
全ての字画が等線幅で、先端は半円形。(JIS Z 8903 解説から引用。)

次の図は、手動彫刻機※1による機械彫刻の模式図です。彫刻機の針が原版なぞると、パンタグラフ機構を介して相似縮小された軌跡上を回転刃が移動し、被彫刻物に字形が再現されます。原版は繰り返し使用する字母であり、20mm四方程度の板に字画の中心線を細く彫り込んだものです。

手動彫刻機の模式図手動彫刻機の模式図 手動彫刻機の模式図。(マウスオンで拡大)

機械彫刻文字の規格である機械彫刻用標準書体は、手動彫刻機を前提に設計されているため、原版が損耗しにくいよう、線の集中を避け、交わる角度を直角に近づけ、角を曲線とした字形とされています。また、刃の上げ下ろし回数を減らして作業能率を向上させるため、筆押さえやハネなどを省き、なるべく線を連続させてあります。

交わる線の密集の状態
交わる線の角度及び線の折り曲げ方
線の集中を避け、交わる角度を直角に近づけ、角は曲線とする。(JIS Z 8903 解説から引用。)
突出部をなくす例
筆押さえやハネなどを省き、なるべく線を連続させる。(JIS Z 8903 解説から引用。)

以上のような技術的制約やそれを考慮した設計のため、機械彫刻用標準書体は独特な機能美を持った書体となっています。機械彫刻用標準書体を定めた JIS 規格は次の表のとおりです。

常用漢字※2JIS Z 8903(1969年制定、1984年改正)
カタカナJIS Z 8904(1976年制定)
英数字JIS Z 8905(1976年制定)
ひらがなJIS Z 8906(1977年制定)

参考文献

令和の改刻

機械彫刻用標準書体のデジタルフォント化に当たっては、JIS 規格票に示された字形をベースにしつつ、漢字においては独自の調整、改良を加えています。格好をつけていえば、「令和の改刻」です。

JIS 規格票の字形は、“書体” とはいえ手書きで中心線を示したものであり、一般の印刷用書体ほどの慎重なデザインはされていません。実際、規格の解説には、「例えば、長短・方向(水平・垂直であるべき点画を除く。)・曲がり具合、釣合い、点画と点画が付いているか、離れているか、など微妙な点にいたるまで、厳密に規定することはできない」とあります。そのため、JIS 規格票をそのままトレースしただけでは、共通するパーツを持つ漢字同士の統一感のなさ、字面の大きさや寄り引き(上下左右への重心の偏り)の不均一など、視覚的なばらつきが多く、デジタルフォントとして満足な品質にはなりません。

一例として、「広」「勢」の2字における調整の前後を示します。

「広」「勢」の JIS 規格票をそのままトレースしたものと調整後との比較「広」「勢」の JIS 規格票をそのままトレースしたものと調整後との比較 JIS 規格票をそのままトレースした「広」「勢」と、調整後との比較。(マウスオンで拡大)